於:フォーラム4 2013年10月15日(火)

 

映画祭第6日目、「日本プログラム」の一環として屠場を舞台とする2つのドキュメンタリー映画が連続上映された。以下に、筆者の所見を交えつつその2作品を紹介するとともに、上映後に行われた監督を迎えての質疑応答の様子をもお伝えする。

 

『屠場を巡る恋文』(久保田智咲監督)

『屠場を巡る恋文』は、久保田智咲氏が武蔵野美術大学の卒業制作として撮り上げた33分の作品だ。かねて動物愛護運動に関心のあった久保田氏は、それを取材するうちにベジタリアンの存在を知り彼らに共感を抱く。しかし自身はなかなか肉を食するのをやめることができず、そんな自分の足下を見つめ直そうと、この映画を撮った。

作品は2つの屠場に取材している。東京都中央卸売市場食肉市場(芝浦と場)と千葉県食肉公社だ。前者では全芝浦屠場労働組合書記長の栃木裕氏にインタヴューする様子や「お肉の情報館」(芝浦と場内にある施設で芝浦と場の歴史や屠畜の手順、日本における屠畜従事者への差別などについて一般向けに紹介している)の様子を、後者では機械化・ライン化された屠畜の様子、従業員へのインタヴューの様子を撮影している。こうして得られた映像に、芝浦と場に寄せられた差別的な手紙文の映像などを挟みこみ、全体としては屠畜・屠場にまつわる「差別」のあり様とこれに相対する従業員の心情を浮き彫りにしようとする。タイトルの「恋文」という言葉には、上記のような手紙文に露骨に現われるような「憎しみ」ではなく「愛」をもって屠場の従業員たちと向かい合いたいという久保田氏の想いがこめられているのだろう。

卒業制作というだけあってこの作品にはまだまだ粗が目立つ。まず、芝浦と千葉のどちらの屠場の話をしているのかが途中からよく分からなくなる。そもそも芝浦の屠場と千葉の屠場、そしてそこで働く人々にはそれぞれに独自の歴史・事情があるはずで、編集の結果、そのすべてを差別問題に回収させてしまうのではせっかくの映像素材が活きないのではないか。また、千葉の食肉センターの様子についても、工程の順序を踏まえずバラバラに提示するのでは「屠畜」というものの全体像が見えてこないのではないか。監督自身によって頻繁に施されるナレーション解説も映像それ自体の魅力を損ねてしまってはいないだろうか。

とはいえ、若さゆえのフットワークの軽さと体当たり取材が奏功しているのもまた事実である。結果的に『屠場を巡る恋文』というドキュメンタリーは、めったに人目に触れることのない屠場という場所とそこに生きる人々の様子の一端をカメラに収めることに成功したわけである。

 

『ある精肉店のはなし』(纐纈あや監督)

『屠場を巡る恋文』が「勢い」の作品だとすれば、纐纈あや監督の108分の作品、『ある精肉店のはなし』は「粘り」の作品だといえよう。大阪府貝塚市には北出家の長女、長男夫婦、次男の4人が共同で営む精肉店がある。牛の肥育から解体・精肉・販売までを一店ですべて行うこの北出精肉店の様子を撮影させてもらうために、纐纈氏は半年ものあいだ貝塚市に通ったという。撮影それ自体にも1年という歳月がかけられている。

屠畜・解体という熟練が必要とされる行為に纐纈氏が魅了されているのは明らかだ。この映画は、特殊なハンマーで牛の額を打って気絶させ、籐を額から脊髄に差し込んで動きを封じ、頸動脈を切って放血し、皮を剥き、内臓を出し、胴をノコギリで割り、とまるまる一頭の牛を家族数人がかりで解体し、部位ごとに整形し、パッキングし、肉として店や車で販売するまでの様子を映し出す。

このような見事な「職人技」の描写は、ジョルジュ・フランジュが1940年代のパリの屠場に取材したモノクロの短篇ドキュメンタリー『獣の血』(1949年)における牛の解体シークェンスを思い起こさせる。しかし、『ある精肉店のはなし』では、北出氏(長男)の「息遣い」と彼が走らせるナイフが肉を裂く際に発せられる「音」がよく捉えられている。これはフランジュの時代の録音技術が果たしえなかったことで、それによってこの作品の屠畜シークェンスは独特のリズムを獲得している。

纐纈氏は屠畜をショッキングなものとして前面化することは周到に避けているように思われる。この作品は北出家の次男が少し離れた厩舎から屠畜場まで牛の手綱を引いて歩く場面から始まる。屠畜の結果生じた脂が石鹸の材料として利用されることにナレーションが言及し、カメラは剥かれたばかりの牛の皮を太鼓の革に加工する次男の様子までをも丹念に追いかける。また、北出家が「被差別部落」と呼ばれる場所で江戸時代末期から屠畜業を営んできた経緯が解説され、三兄弟の口からも直接、彼らの父の思い出が語られる。つまり、『ある精肉店のはなし』は北出家の長きにわたる営為全体を参照するなかで、彼らが行う屠畜のみならず、それにまつわる社会背景までをあぶり出そうとするのである。

長い時間をかけて被写体と纐纈氏の間に築かれた信頼関係が、北出精肉店で行われる最後の屠畜という貴重な瞬間に観客を立ち会わせる。

 

質疑応答

2作品の上映後、久保田、纐纈両氏から一言ずつあいさつがあった。久保田氏は纐纈氏の作品を観て、自分が取材したシステマティックな大規模屠場と牛の肥育から始める北出精肉店の違いについて、そして両作品における屠畜従事者の動物供養に対する態度の違いについて気付いたと言及した。纐纈氏は屠畜という差別問題を含むテーマに取り組む際の責任感について、またそれをどう可視化するかという問題について、北出家への感謝を交えつつ語った。

その後、満員の会場から意見や質問が多数よせられた。ある発言者は両作品が映し出した一見目をそむけたくなるような屠畜描写にかえって引き込まれたと感想を述べた。『屠場を巡る恋文』に対しては、インタヴュー映像の映るパソコン画面を見ている監督自身の姿を撮ったのは何故かとの質問がよせられ、それに久保田氏は、ただインタヴューして人の話を聞くだけではだめだと思ったからだと、取材対象に対するメタレベルの視点の重要性を語った。『ある精肉店のはなし』には、屠畜に携わる人々への差別についてよく勉強しているとの指摘があった。これに対して纐纈氏は、知識を得ることに意味がなくはないが、自分は北出家の人々の口からもれ出る彼らの歴史に焦点を絞ったと応じた。

日本では屠畜従事者に対する(とりわけこの仕事に携わる「被差別部落」出身者に対する)「差別」の問題を抜きにして屠場(屠畜場)について語ることは難しい。そのような差別が今なお存在する以上、屠畜の様子を映像に収めることがいかに困難であるかは容易に想像がつくだろう。管見の限り、屠場を主たるテーマとして日本で製作されたドキュメンタリー映画は『人間の街 大阪被差別部落』(小池征人監督、1986年)と『にくのひと』(満若勇咲監督、2009年)しかない(しかも両者ともなかなか観ることができない)。すでにそのこと自体が、屠畜の表象をめぐる日本の状況を雄弁に物語るのである。だから、この度の山形国際ドキュメンタリー映画祭で、屠畜を主題として扱う映画が2本、同じ日に同じスクリーンで続けて上映されたことをまず喜びたい。

ところで、『屠畜を巡る恋文』と『ある精肉店のはなし』にはただの偶然とは思えぬ共通点があるように見える。ともに監督は若い女性であり、彼女らが自らの声で語り出すところから作品が始まる。つまり、どちらの監督も一人称的視点に立っており、屠畜従事者と向き合うなかで彼らに対して共感し(自らが直接彼らにインタヴューする様子を映し)、彼らに対する差別についてはその解消を願っていることを隠さない(どちらの作品でも「水平者宣言」が朗読される)。

これは、例えばフレデリック・ワイズマンの『肉』(1976年)、ニコラウス・ガイルハルターの『いのちの食べかた』(2003年)といった、ナレーションのまったくない、「観察映画」の系譜に位置付けられるような手法で(つまり対象からある程度距離をとって)大規模屠場を撮影したドキュメンタリーとは実に対照的なスタイルである。今後、日本のドキュメンタリーが屠場それ自体を撮影することを第一の目的とするところからもう一歩進んで多様性を獲得するためには、屠畜従事者に対する差別の問題を一度相対化し、また被写体と向き合う際のその向き合い方(撮影のスタイル)についても自覚するという手続きが求められるようになるのかもしれない。

※尚、上記2作品については『デイリーニュース』に掲載された両監督へのインタヴュー記事(3号:久保田智咲監督、5号:纐纈あや監督)をも合わせてご参照下さい。

取材・構成 岡田尚文