1月10日の金曜上映会〈パレスティナ:我々のものではない世界〉

2020年最初の金曜上映会は〈パレスティナ:我々のものではない世界〉と題して、パレスティナに関する2作品を上映します。バスマ・アルシャリーフ監督の『私たちは距離を測ることから始めた』、マハディ・フレフェル監督の『我々のものではない世界』。2本続けてお楽しみください。

14:00-、18:30-(2作品2回上映)

『私たちは距離を測ることから始めた』

『私たちは距離を測ることから始めた』

山形国際ドキュメンタリー映画祭 2011 アジア千波万波上映作品

監督:バスマ・アルシャリーフ/パレスティナ、エジプト/2009/19分

作品紹介:

ローマ=ジュネーヴ、ガザ=エルサレム、物理的な都市間の距離を測る謎の集団、そして測られた距離が示される。その数値が、やがて政治的な意味を帯びていく過程。既視感のあるパレスティナのイメージに、「神の声」のナレーターの声が覆いかぶさり、パレスティナの複雑なナショナリズムを浮かび上がらせる。豊穣な音とテクストが何層にも重なり、不思議と連続性を帯びてくる映像は、やがてパレスティナの寓話へとつながっていく。

監督のことば:

私の作品は政治的問題を探究するものであり、そこでは内容を読解するための視覚的構造において独自に生み出したコードを用いる。幻影と幻滅、真実と陰謀、事実と歴史といった概念が、さまざまな形で現われる。焦点の中心といったものはない。物質的情報を多様な方法で読解しうる、ある言語、ある空間を作り出していき、情報を理解するためというよりも、経験するための手段を探っていくことが、これらの問題についての私の探究だ。

創作に影響を与え、動かしていくにあたっては、住んでいる環境、これまでの自分の経験に依っている。ある風景が、または都市環境がどのように機能しているかについての、書かれざる言語に私は注目する。場を規定し、構築しているものは何か。その場で、あるいはその場との関連で、人は他の人とどのように関係しているのか。物語がどのように機能するか、及びどのように操作されるかを描くにあたり、私が形式的構造として用いたのは、言語、ビデオ、フィルム、テクスト、写真である。そして私は、個人のアイデンティティや主観的経験との関連で、歴史および政治を表象するという実験を試みた。

公と私、政治と個人、フィクションとファンタジーの間にある余白に、私は関心を持っている。言葉がイメージへと変わること、イメージが物質へと変わること、作品の中のさまざまな層がサウンドによって立ち現われることも、私の関心の対象だ。私の制作活動において最も重要なのは、特定の場、特定の文化、あるいは特定の媒体からさえも、作品を切り離したいという衝動である。特定の政治的問題や、きわめて濃密なイメージ、陳腐なフッテージ、詩的なテクストを取り上げ、これら全てを定義されざるもの、物質的なものへと変えること。そして、全く共通点のない諸要素を合わせて新たな情報を生み出すことに、私は興味を持っている。

バスマ・アルシャリーフ

 

『私たちは距離を測ることから始めた』

 

『我々のものではない世界』

『我々のものではない世界』

山形国際ドキュメンタリー映画祭 2013 インターナショナル・コンペティション ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)受賞作品

監督:マハディ・フレフェル/パレスティナ、アラブ首長国連邦、イギリス/2012/93分

作品紹介:

北欧に移住したパレスティナ難民の監督が、かつて住んだレバノン南部のパレスティナ難民キャンプに里帰りするたびに撮影した映像と、父の残したホームビデオなどを織り交ぜ、家族や友の歴史、難民キャンプの変貌を、素直な語り口ですくい上げる。パレスティナの置かれている悲劇的な状況が、当事者でもなく、完全な第三者でもない視点から紡がれていく。タイトルは1972年に暗殺されたパレスティナ人作家、ガッサン・カナファーニーの小説名からとられている。

監督のことば:

私にとってこの映画を撮ることは、記憶を創造し、そして保存するうえでの意識的な試みだった。パレスティナ人、特に故郷を追われたパレスティナ人は、ひとつの民族としてのアイデンティティと集合的記憶が、つねに攻撃に晒されている。そのため、ただ記録を残すという行為でさえ、我々の存在を消さないための戦いの一部となる。

我々にとって、忘れることはすなわち存在するのをやめることだ。記憶は、たとえ日常生活のささいな記憶であっても、我々が存在する唯一の証拠である。

記憶する、また記録するという義務を、私は祖父から、そしてとりわけ父から受け継いだと感じている。父はまるで取り憑かれたように、家族の日常のすべての瞬間を映像に残していた。父の情熱が私に感染し、そして私は今ここで、父の残した映像をもとに、パレスティナ人として存在すること、それ自体を描き出す。単に紛争と苦しみについての記録であるのではなく、より人間的な物語だ。

マハディ・フレフェル

 

『我々のものではない世界』

 

[会場]山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー試写室
[料金]鑑賞会員無料(入会金・年会費無料)
[主催]認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭
[問い合わせ]電話:023-666-4480 e-mail:info@yidff.jp