12月20日の金曜上映会〈イランを見る〉

今年最後の金曜上映会のテーマはイラン。山形国際ドキュメンタリー映画祭 2019 においても、イラン特集「リアリティとリアリズム:イラン60s—80s」は会場を埋め尽くす多くの観客の皆さんにお越しいただき、大変な好評を博しました。これまでも、これからも目が離せないイラン映画から2作品をお届けします。男性には自由意志による離婚が認められ、女性にはその権利がないイランで、「妻」が離婚を申し立てることの難しさを描く、キム・ロンジノット、ジマ・ミル=ホセイニ監督の『イラン式離婚狂想曲』。テヘランの公園の片隅でゴミとともに暮らす女性ミーナーを見つめた14日間を描く、カウェー・マザーヘリー監督の『ミーナーについてのお話』。2作品続けてお楽しみください。

『イラン式離婚狂想曲』 14:00-、19:00-(2回上映)

『イラン式離婚狂想曲』

山形国際ドキュメンタリー映画祭 ’99 インターナショナル・コンペティション上映作品 国際批評家連盟賞受賞

監督:キム・ロンジノット、ジバ・ミル=ホセイニ/イギリス、イラン/1998/80分

作品紹介:

その建物には2つの入り口がある。一方には、肩を怒らせ階段を駆け上がる男たちの姿があり、もう一方には、チャドルに身を包み、俯いて歩む女たちの影が揺らめく。性差によるダブルスタンダードを隠そうともせず、むしろ誇示するかのような家庭裁判所の威容は、イランという国家の重層的な差別の構造を象徴し、その深淵に分け入る女たちの苦悩を垣間見せる。
男には自由意志による離婚が認められ、女にはその権利がないイランでは、“妻”が離婚を申し立てるためには、実人生の総てを賭けざるを得ない。権利を剥奪された女たちは、抑圧の象徴であるチャドルの裾を翻し、声の続く限り、自由を渇望するかのように叫び、泣き、訴え、微かな希望にすがろうとする。
これまで、女性のみによる撮影を一貫して行ってきたロンジノットは、今回、人類学者であるミル=ホセイニと共に困難な課題に挑み、予想以上の結果を引き出したと言えるだろう。
弱者の痛みや被差別者の抑圧状況を訴えるだけでなく、この淡々とした映像には、女たちの意志と未来を浮上させる底深い揚力が潜んでいる。無個性なチャドルの下の表情は、権利を主張する度に豊かになり、秘められた強烈な個性が輝き始める。
単に家族制度の問題にとどまらず、改めて、自由の意味を観る者に問う、貴重な示唆に満ちた作品である。

YIDFF ’99 公式カタログより

監督のことば:

サルマン・ラシュディが姿を隠して以来、英国のテレビではイランに関する数多くのドキュメンタリーやニュース報道が放映されました。どれも硬派の時事番組で、殉教者の母親たちや革命守衛隊、アヤトラやファトワーを取材していました。ほぼ同じ頃、キアロスタミなどイラン人監督による劇映画も英国で公開されるようになりました。これらの映画は、普通の人々についての、詩的で、おだやかで、パーソナルな作品で、これら2種類の映像作品群は、まるで別の国からやってきたもののようでした。私は、イラン女性を個人としてとりあげ、英国の観客が他人事でなく親しみを感じることができるような長編映画を作ろうと決意しました。そんな時ジバに出会い、彼女の離婚裁判所における研究のことを聞き、理想的な主題だと思いました。この映画を撮るための許可を得るのに2年半かかりました。

キム・ロンジノット

『イラン式離婚狂想曲』製作のアイディアは、1996年、キム・ロンジノットと私が出会った時に生まれました。私たちは2人とも、西洋のメディアによるイスラム世界のステレオタイプ的な観方に不満を感じていました。また、キムはずいぶん前からイランを舞台にした映画を作りたいと希望していました。キムは、イスラム法のもとでの離婚を扱った私の本『Marriage on Trial』を読んでいて、そのテーマで映画をつくろうと提案してきました。イラン人であり文化人類学者の私は、彼女の提案を歓迎し、一緒に映画を作ることにしました。
この映画は、結婚が破綻する時の苦痛と喜劇を扱い、6人のごく普通の女性が人生の難しい一時期を乗り越える姿を追います。彼女たちは、欲しいものを得るために機転、魅力、忍耐、理性、論争、さらには同情をかうための嘆願といった、ありとあらゆる手段に訴えるのです。

ジバ・ミル=ホセイニ

 

『ミーナーについてのお話』 15:40-(1回上映)

『ミーナーについてのお話』

山形国際ドキュメンタリー映画祭 2015 アジア千波万波 特別賞受賞作品

監督:カウェー・マザーヘリー/イラン/2014/54分

作品紹介:

テヘランの公園の片隅でゴミとともに暮らす女性ミーナー。ラジオニュースが流れるなか、新年の喧噪をよそに野良犬と戯れ、夜は焚き火の周りで、クスリや煙草を求めてくるホームレスとたわいない会話を交わす。そんなミーナーにも、夫と暮らし、身ごもった子どもを死なせた過去があり、普通の生活を送る夢がある。いまや犬やホームレスたちのゴッドマザーとなっているミーナーを見つめた14日間。

 

『ミーナーについてのお話』

監督のことば:

母が死んだのは、私が9歳のときだった。母の死後、父は私たちを置いて家を出ていった。残された兄と私は、二人だけで生活していかなければならなかった。その父も8年後、私が17歳のときに他界した。それから2年が経ったある日、一族の集まりがあった際、父が公園で物乞いをしているのを見たことがあると話してくれた人がいた。それ以来、もう何年もずっと、ひとつの問いが私の頭に浮かび続けている。「どうして父は私たちを捨てたまま戻ることなく、路上生活をする羽目になったのだろう?」。こうして私は、ホームレスについての映画を作ることになった。

『ミーナーについてのお話』は、父の人生という謎を掘り返そうとする試みである。ミーナーと出会ったとき、私が何年も探し求めていたものを、彼女が持っているに違いないと確信した。ミーナーとは、テヘランの公園で希望を秘めた生活を送っている女性なのだ。

正月休みの間、私はミーナーのところに行くことにした。イランのほとんどの人々が家族や友人と楽しく過ごしている、そんな時期に。半年前からミーナーのいる公園に通いつめ、彼女や他の人たちとも話をしていたので、友人と呼べる関係にはなっていた。

私はカメラのスイッチを入れて、ただ観察したものを記録しようとした。ひたすら見るだけでなにも干渉しない、それで父に対する執着への答えが見つかればいい、事前に決めていたのはそれだけだ。私の執着にも小さな変化があった。現在は、ミーナーがこんな環境から抜け出そうともせずに生きているのはなぜかという疑問がさらに加わったのである。

カウェー・マザーヘリー

 

『ミーナーについてのお話』

 

[会場]山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー試写室
[料金]鑑賞会員無料(入会金・年会費無料)
[主催]認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭
[問い合わせ]電話:023-666-4480 e-mail:info@yidff.jp