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5月10日の金曜上映会〈ポルトガル:村の音、町のかたち〉

2019.05.10

5月10日の金曜上映会〈ポルトガル:村の音、町のかたち〉

今回の金曜上映会はポルトガルを描いた映画を2作品お届けします。ポルトガル南部のアレンテージョ地方ペログアルダ村の歌に魅せられて訪れた詩人や映画監督の記憶を蘇らせる『アレンテージョ、めぐりあい』。リスボンの街角、15年の歳月をかけて撮り続けた「失われた町」に捧げる映像詩『失われた町のかたち』。音楽と陽光にたゆたう2作品をお楽しみください。

『アレンテージョ、めぐりあい』 14:00-、19:00(2回上映)

『アレンテージョ、めぐりあい』

山形国際ドキュメンタリー映画祭 2007 インターナショナル・コンペティション山形市長賞(最優秀賞)受賞作品

監督:ピエール=マリー・グレ/ポルトガル、フランス/2006/105分

作品紹介:

1950年代後半、ポルトガル現代詩の若き雄アントニオ・レイスと、ポルトガル民族音楽のコルシカ人研究者ミシェル・ジャコメッティ、そして映画監督のパウロ・ローシャたちが、ポルトガル南部アレンテージョ地方ペログアルダ村民の歌に魅せられて次々と村を訪れた。村人と共有した彼らの記憶は詩・音楽・映画へと残っていった。パウロ・ローシャの映画を挿みながら、レイスたちが通った道や真紅の花で飾られた野原、静かな海と村のたたずまい、哀しみをたたえた歌や詩が情感たっぷり流れる。今、彼らの記憶が村人の息吹で蘇る。

 

『アレンテージョ、めぐりあい』

監督のことば:

ポルトガル大衆文化史の記憶をすくいあげたコルシカ人、ミシェル・ジャコメッティに捧げた前作『Polifonias』を完成した時、私の前に開かれた道のいくつかを辿りたいという思いが生まれた。当時は詩人であったアントニオ・レイスのいたアレンテージョ地方ペログアルダ村は、ミシェル・ジャコメッティが埋葬されることを望んだ地でもあった。また、映画の物語とそこに現実として描かれるフラドウロの漁師たちの共同体の終焉とが交錯することに強く惹かれて、パウロ・ローシャの『新しい人生』のような作品をこの地で作りたいとも思っていた。

徐々に、私にとって映画のある側面を奥底で形成するものが現れてきた。過去、過ぎ去った時間、失われた文化のこだま。だが、それを私たちが聴くのは現在であり、いまここで呼び声が響き渡ってくるのだ。消失を嘆き悲しむのでもなく、過去へノスタルジックに回帰するわけでも、過去の断片を現在に埋め込もうとするのでもない。記憶から発して、生きているものに場を残すことに価値があった。そのことで、映画が私にとって時間と奇妙な関係を取り結ぶものとなる。異なる「歴史的な」時間が互いに混ざり合い、ぶつかり合うのであれば、時系列にしたがうことに意味はない。日付さえも重要ではないだろう。過去が従来あった姿では、もはやなくなるのだ。

映画のなかでリズミカルに回帰するセルジオ・ゴディーニョのテキストがこの作品をよく説明していると思う。「人は死ぬ時、遠くから来る何かに出会うという。はるか彼方からの声を聞き、我々はひとりではないのだと、心やすらかになれる。見知らぬベンチに親しむのと同じだ。死者への思い出は記憶をたどる道。記憶の謎とは? 感情を消しては書き直す人生の記憶」。

ピエール=マリー・グレ

 

『アレンテージョ、めぐりあい』

『失われた町のかたち』 16:10-(1回上映)

『失われた町のかたち』

山形国際ドキュメンタリー映画祭 2011 インターナショナル・コンペティション上映作品

監督:ジョン・ジョスト/アメリカ、ポルトガル/2011/92分

作品紹介:

リスボンの街角。坂の上にある石畳の広場のベンチに腰かける女性たち。バイクにいたずらする少年たち。坂を行き来する人々。けだるく、ものうい光と風。路面電車。サッカーに興じる子どもたち。長く伸びた樹々の影に重なるギターの響き。何の変哲もない日常の風景ではあるが、美しくしかしどこか切ない。ジョン・ジョストが15年の歳月をかけて撮り続けた“失われた町”に捧げる映像詩。

 

『失われた町のかたち』

監督のことば:

本作は、デジタルビデオが一般消費者向けに販売され始めてすぐの1996年から97年に撮影した。デジタルビデオの到来と共に、私はすぐにそれが持つ可能性の大きさに気付いて、それ以来フィルムを使うことはせず、デジタルビデオだけで撮影することにした。デジタルビデオがかなりの低価格で提供されたおかげで、膨大な素材を撮影することが可能になり、同時に、長いショットを撮ることも可能になった。デジタルビデオの他の特徴と共に、セルロイド映画制作とは異なる審美的な効果をあげ、『ロンドンスケッチ』(1997)や『Nas correntes de luz da ria formosa』(1999)、『シックス・イージー・ピーセス』(2000)、『ウイ・ノン』(2002)を見ればわかるように、私は手法を探求する道に入っていった。

当時撮りためた11時間ほどの素材の中から選別したものが、本作となった(本当はもっとたくさん撮影したのだが、面白味のない映像は、撮ったその日のうちにゴミ箱行きにしていた)。ストーリーがないと編集も難しくなり、したがって撮影してから作品完成までは、より時間がかかることになる。そういった制作方法は、セルロイド映画の時と比べてリズム感や時間感覚、それに環境音に対する集中力がまったく違い、「物語」なり「主題」といった手軽な手掛かりがないままに、時間を通していかに作品を編成していくかを考えなければならない。

これは、とある場所と、その地の生気や霊についての作品である。特別かつ独特なリスボンという町の特徴をうまく捉えられていることを願っている。

ジョン・ジョスト

 

[会場]山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー試写室
[料金]鑑賞会員無料(入会金・年会費無料)
[主催]認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭
[問い合わせ]電話:023-666-4480 e-mail:info@yidff.jp

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